2009年05月18日

プチ鬱病(プチうつ)

プチうつという言葉を聞いたことがありますか?

早い話がうつ(鬱病)の程度が軽いものなんですが、ゴールデンウィーク明けで新生活が落ち着いて一段落したこの時期にプチ鬱の人が増えるそうです。
知らず知らずのうちにストレスによって心が消耗して、気持ちの余裕がなくなっている状態ですね。

特に女性は、男性と比べて人間関係のストレスを感じやすくできているのと、時代と共に女性の選択肢が増えたことにより、あれこれと悩みがちです。さらに長時間労働や責任の重い仕事を続ける女性がふえたことも、プチ鬱の女性が増えた原因のひとつです。
睡眠不足や頭の切り替えが上手くいかず、心と頭の疲れがとれにくい生活状況がプチ鬱を蔓延させているのです。

プチの段階であれば、まだ健全な生活を送ることで回復は見込めますね。
健全な生活といういうのは、よく言われていることです。『バランスの良い食事』『適度な運動』『充分な睡眠』の3つです。

『バランスの良い食事』『適度な運動』『充分な睡眠』が得られない場合、鬱病の可能性を考えて思い詰めたり辛くなる前に、心療内科で診察を受けるべきだと思います。心療内科で話を聞いてもらい、薬を処方してもらうことによって改善することが多くあります。

例えば鬱病の人は、更年期障害や月経前症候群などを伴っていることもありますし、甲状腺機能の低下を引き起こしていることもあります。これらの疾病を改善すれば鬱状態も改善する場合が多いので、一番はじめにやることは心療内科に相談することです。

tag:横森式「プチ鬱」解消法33
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2009年04月30日

音楽という心に効くクスリ

ストレスがたまったり、精神的なダメージを受けたりしたとき、いろんな対処法があると思います。仕事や家事や勉強や、慌ただしい日常生活を送る中でふと、“癒し”が欲しくなるときもありますよね。
食事やショッピング、マッサージや温泉、瞑想・座禅、アロマテラピー…etc。様々な癒しとリラックス方法がある中で、音楽を聴く方法も癒しとリラックスの効果を期待できる方法です。音楽によって脳内麻薬のような物質の分泌が促進されて、人間の体や神経に変化と影響をおよぼすことは各方面の研究で明らかにされています。

脳内麻薬のような物質の分泌を促進

これが治癒効果と鎮静効果をもたします。すると気分がすっきりします。その作用は人間のみならず、乳牛にクラシック音楽を聴かせて牛乳の生産量を増やすとか、植物の成長や開花をクラシック音楽によって促進することは、取り入れているところも多いそうです。音楽が牛のストレスを軽減したり、植物の感応を誘い何と植物の呼吸を深くするそうです。つまり成長が早まるわけですね。

さらにペットに聞かせるヒーリングミュージックというCDも販売されていて、実際ペット(犬)をリラックスさせる効果を発揮してるようです。動物といえば、イルカの声を収録したCD、野鳥や虫の鳴き声を集めたものなども癒し系の音源として古くから用いられてきました。小川のせせらぎや波の音など自然の音のリラクゼーション効果も大自然に包まれたような安心した気持ちになりますね。

人間が作り出す音楽の中で癒される音として、癒し系音楽CDによく収められているのは、ショパン【ノクターン】、バッハ【G線上のアリア】、シューベルト【歌曲アヴェ・マリア】、ホルスト【組曲『惑星』から木星】、ラヴェル【ボレロ】などに癒される人が多いようですね。

ちなみに私が一番好きな癒し系のクラシック音楽は、映画『短くも美しく燃え』で使われたモーツァルトの【ピアノ協奏曲第21番第2楽章】です。

モーツァルト ピアノ協奏曲 第21番 
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2009年04月17日

生活と仕事のバランス

働く女性にとって重要な問題に、生活と仕事のバランスがあります。
メリハリがある日々は女性を生き生きと輝かせます。私生活が充実しているときは、不思議と仕事も絶好調だったりしますよね。

仕事と私生活の両立、仕事と子育ての両立、、、この上なく楽しいことに思えるときが、女性なら必ず訪れるんです。
「両立するのは大変でしょ?」って、よく聞かれますが、どうして大変だと思われるのか不思議ですね。
確かに自分の時間がほとんど無くて、ほんの少しになった自分の時間をものすごく有効に使う用になるものです。24時間の全てが自分の時間だった生活のときは、時間の使い方がルーズだったと思います。

仕事に対する取り組み方も、独身のときは仕事をただこなしていくとに精一杯で、どいちらかというと流れのままにかたづけていました。ですが今は、いただいた仕事に対して感謝する気持ちが真っ先に湧いてきます。
そしてそれをいかに自分のチカラをそそいで表現するかを考えていくようになりました。出産してからは、思ったままの言葉で話せて思ったままの行動ができるようになりました。なので、今は仕事がすごく楽しいんです。笑って仕事ができる環境もありますし、仕事の幅も少しずつ広がっていきますのでね。

大変なことは、仕事でも子育てでもいっぱい出てきますが、『大変』という言葉は使いたくないですね。気持ち次第でどうにでもというか、大変→変→普通になると思います。同じことに出くわして同じ行動をとるなら、しかたなくじゃなくてやりたくてするように心持ちを変えようとしてます。

最近、疲れた顔をしてるとそれをめざとく見つけた娘に、『ママ怒ってるの?ねぇ笑ってよ!にこにこ笑ってよ』と言われることがあるんですよ。これからも母親としてできることを自分目線で、できる限りやっていきたいですね。

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2009年04月06日

菜の花って何の花?

菜の花って何の花

春を感じさせてくれる菜の花が、今年も畑や河川敷を黄色く染めています。
蕗(ふき)、土筆(つくし)と並んで、春を感じさせてくれる数少ない季節の旬野菜でもある菜花(なばな)。
菜花の定番料理は、やっぱりおひたしです。独特のほろ苦さを醸し出していますね。春野菜や山菜などの苦み成分には、冬の間に眠っていた身体を目覚めさせてくれる働きがあるそうです。

『春の料理には苦みを盛れ』と昔から言い伝えられたのだそうです。茎と蕾(つぼみ)を食べる菜の花にはミネラルやビタミン類がたっぷり含まれている上に、スルフォラファン、アルカロイドなんていう何となく身体によさそうな栄養分もあります。

菜の花は、桜と並ぶ春の風物詩として歌に歌われています。
♪ちょうちょちょうちょ 菜の葉にとまれ〜♪(童謡『ちょうちょ』より)
♪菜の花畑に入り日薄れ〜♪(文科省唱歌『おぼろ月夜』より)
さらに、与謝蕪村(よさのぶそん)に『菜の花や 月は東に 日は西に』と詠まれています。

そんな菜の花ですが、タネから菜種油をとる油菜(あぶらな)だけではなく、白菜、大根、カブ、キャベツ、ブロッコリー、小松菜、野沢菜などのアブラナ科の植物の花を総称して、菜の花と呼んでいるそうです。
ちょっと驚きですね。白い花をつける大根の花も菜の花なのですから。畑を黄色く染めるにぎやかな油菜の花と比べ、大根の白い菜の花は可憐な美しさがあります。

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2009年03月20日

与謝野晶子講座

与謝野晶子生誕130年「上目遣いの泣き虫晶子」
 〜もうひとつの情熱の歌人〜

暖かな2009年2月14日土曜日、目黒区男女平等・共同参画センター企画の講演会に行ってきました。

講師は、歌人 松平盟子氏。

声高に激情を表現する「強い女」としてのイメージのある、与謝野晶子の生身の姿に迫るという趣旨の講演で非常に興味深かった。

晶子と親交の深かった人々は、
「どんな時も声の消え入りそうな晶子夫人・・・」
「教卓に向かって腰かけられてうつむいたまま、関西のアクセントで読んでいかれるのを聞きながら、説明してくださるお言葉の中に『あの』がいくつあったかなど数えたりした。・・・」
等書き残しています。

また、晶子自身も評論集『一隅より』(1911年)に「わたしは無口な女で座談が誠に苦手である。訪問記者の方などに会う度に、何時も御話の出来ないのを御気の毒に思はぬ事はない。(中略)わたしには目のあたり会って頂かない方がよい。若しわたしの様な女が何か物を言うのを聞いて遣ろうと云ふ御方があれば、わたしの書く種種の拙い物を見て頂きたいと思ふ。」(33才)などと書いています。

謙遜やポーズではなく、本当にそうだったようです。

また、53才の時に書いた評論集『街頭に送る』(1931年)にも同じような文があります。そんな彼女が「書く・歌う」という表現方法を得たことはなんと幸せなことでしょう。彼女の生み出す言葉には誠を感じます。

講師である松平氏によれば、「晶子は自己表現の振幅の大きな人・・・非常にシャイな部分(感情を押し込める部分)とパッと感情・心を開いていく部分とがある」ということです。また、「商家の生まれであったことが関係していると思われることで仕事が速い。現実と向き合うことが出来る。分をわきまえている」などの傾向があるという。

婦人運動の始まりの時期に晶子は、「底上げをして女をみてはならない。底上げをして雑誌を作ってはならない」と現実の女、自分自身をみつめていたようです。そんな彼女の若い頃の歌は、率直・情熱的で有名です。が、今日の講演で私は、初めて中年期の歌を知りました。

16冊目になる歌集「火の鳥」(1919年)より
  物云へば 今も昔も淋しげに 見らるる人の 抱く火の鳥
  自らの 重き思いに圧さへられ しらじらと散る 心の薔薇(そうび)

18冊目の歌集「草の夢」(1922年)より
  恋すれば あはれ飛行(ひぎょう)も許さるる 身の程なれど 並々に泣く
  しみじみと 泣けば世界のかぐはしく なりぬこれより 超えずわが罰

夫鉄幹一途だったようなイメージの晶子ですが、どうやら中年期に有島武郎に恋情をよせた時代もあったようです。初耳で驚きました。こんな面ももっと知られた方が、晶子の魅力が増すような気がしました。作品・芸術にまで昇華するところが凄いです。ポーズで書ける歌ではない気がします。壮絶な葛藤があったのだと思います。

そして、その20年後の遺歌集「白桜集」(1942年)には、夫 鉄幹への(この頃は寛と名乗っていた)挽歌が収められています。
  筆硯煙草を 子等は棺に入る 名のりがたかり 我を愛できと

夫が一番愛した私をいれるべきなのではという想い、やっぱり凄いです。シャイで人前でしゃべることの苦手だった晶子。でも心の中には火の鳥がいた。その情熱から生まれる感情を書くことに向けることで、こんなにも率直で深い芸術が生まれたのだと、知り心が揺さぶられた。晶子が好きになりました。

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